熊本YWCA新聞2014年10月号

 2014-10-07
いのちの尊厳と終末期医療を考える

会員の皆様はすでにご存知のことと思いますが、江﨑会長のご主人が本年5月12日に急逝されました。お二人にとって何が起こっているのかを理解する余裕も与えられないほどの、1カ月余りでの急変だったとのことです。9月になって少し元気を取り戻された江﨑会長が、ご主人との最期の場で直面された思いを寄せてくださいました。私たちも必ず迎える家族や自らの終末の時に向けて深く考えておかなければならない問題が提起されています。紙面の都合上、江﨑会長の思いを十分お伝えできない形で申し訳ありませんが、その抜粋(一部要約)をご紹介したいと思います。
最後に、故・江﨑勉様のご冥福を心からお祈り申し上げます。

                兵糧攻めですね           江﨑啓子
 夫をはっきり病気と認識したのは4月9日A病院での緊急外来からです。かかりつけ医の診断は「何処も悪いところは見られない」ということでしたが、家での状態があまりに普通と違うので、俵医師のアドバイスで受診しました。どんどん悪化していく中での何度かの診察と検査の結果、診断名は「クロイツフェルト・ヤコブ病」、厚生省指定の難病とわかりました。21日にはA病院に入院する事になりました。
入院直後は「ありがとう」の言葉は何度も何度も出ていました。点滴は足から入れ、ベッドから落ちないためということでお腹への拘束帯がつけられていました。25日位からは食事をほとんど食べなくなり、この日は4~5回泣きそのたびに「私の罪です」という言葉を続けました。27日には「江﨑さん」と大きい声で呼ぶと「はい」と答えるだけで、会話はなくなり「ありがとう」も言わなくなりました。
難病指定のため、30日にB病院へ転院、そこでその日の担当医からしきりに鼻から栄養を入れる経管栄養を勧められました。私たちはかねてからの約束通り、一切の延命措置は断りました。その時に言われた言葉がタイトルに書きました「兵糧攻めですね」という言葉だったのです。私たちはクリスチャンだから、この世での苦しみが長く続くより神様との関係を選びますと言って医者に泣いて訴えました。
私がこの延命措置を断る事が出来たのは教会で壮年会主催の終末期医療についての学びがあったためです。夫とも「もし病気になってもお互いに延命措置はしない」と話し合っていました。この時の夫の病状はもう一言もしゃべれず、意思表示も全く出来ない状態で、拘束帯でベッドに繋がれる重度の認知症状態でした。この病気をパソコンで検索しますと「治療法がない」「薬もない」 「死」という言葉がすぐ目に入ります。このような病気でこの状態にある者を、経管栄養でただ命だけ長らえることには何の意味があるでしょうか?経管栄養の先には胃瘻という方法がとられます。この病気で胃瘻に進んだ患者が本当に回復する事があるのでしょうか?夫は回復する見込みはあったのでしょうか?
人の命を預かる医者としては、少しでも長らえさせる事が努めだったと思います。刻々と悪化していく本人の苦しみ、それを見守りながら様々な思いがめぐり苦しみの極限の中で決断した家族にとって、この言葉は本当に辛いものでした。

本当の意味で「尊厳あるいのち」とはどういうものなのでしょうか?終末期医療はどうあるべきでしょうか?私たちが一つ一つ深く考えていかなければならない生と死をめぐる問題を江﨑会長は自らの辛い体験を通して示して下さいました。医療職にある方たちと問題を共有し深めていく場や、終末に備えての学びの時を持つ必要を痛感させられました。(編集者一同)





聖書の学び 西川晶子牧師(ルーテル室園教会)

マルコによる福音書1章1節
9月27日(土)1時半より、新しく西川晶子先生を講師に迎えて熊本YWCAの聖書の学びが再開しました。マルコによる福音書は、イエス・キリストの生の姿を一番よくあらわしていると言われています。その特徴は、福音書の中で最古であること、一番短いこと、言葉よりイエスの行い、特に奇跡に重点がおかれていること、"すぐに"という言葉が多用されていることから非常に急いで書かれた書物であるという点です。書かれたのはAD70年、イスラエル滅亡(AD73年)が目前に迫っている絶望の時、しかもイエスを直接知っている人々が少なくなっているという危機的状況の中でした。1節の言葉は、「神の子イエス・キリストの福音の初め」で、福音書全体のタイトルとなっています。「初め」とは神との関係で使われている特別な言葉で、「すべての源(みなもと)、基(もとい)」を表し、具体的には「イエスの出来事全体、イエスがいつ現れて、何をして、どのように死んでいったか、そのあとどうなったか」を指すもの、すなわち「福音(Good News)」そのものを表すということです。また、キリストは救い主という称号ですからこの1節は「神の子=救い主イエス=イエスの生涯すべて=福音=すべての源、基」という福音書全体を凝縮した言葉なのだとわかりました。聖書を一言で紹介する場合の、すぐれたキャッチコピーといえそうです。
YWCAのCの根幹はキリストです。活動の基盤がこの1節と深く関わっているからには、この機会にこぴっと、マルコの福音書の学びにコミットしてみませんか。いろんな質問や疑問、意見が飛び交い、現代の様々な問題ともからめながら考えあう、とても楽しい時間です。初めての女性牧師を迎え、自然と女性の視点からの聖書の学びにもなっていきそうです。どなたもぜひ気軽にご参加ください。
次回は、マルコによる福音書が何故いわゆるイエスの誕生物語からではなく、旧約聖書のイザヤの預言書の引用から始まるのか、洗礼者ヨハネの登場の意味や、洗礼そのものの意味など学ぶことになりそうです。10月は第4土曜日の25日1時半からです。



特別企画 報告
第2回「市議会の仕組みを知ろう」

9月7日(日)パレアにて、女性専科シリーズ第2回が開催されました。今回は、全体のファシリテーターである八代市議会現職議員の幸村香代子さんを講師に、一番身近であるはずが実はよく知らない、市議会の仕組みについて、参加者15名で学習しました。
ちょうど八代では9月定例市議会がはじまり、幸村さんの一般質問が翌日という緊張感あふれる時期で、生々しい内容をお聞きすることができました。たとえば、一般質問で、答弁を聞いて始めて出てくるはずの再質問まで事前通告を要求されるとか(?!)、ちまたで問題になっている政務調査費についても、2013年に国からの提案で改正され、これは調査・研究だけでなく内容が曖昧な「その他の活動」(??)にも使えるようになったこと。セクハラについても、多数を占める男性議員の意識の低さや慣習の壁があること等。
ティータイム後の意見交換では、身近な問題などの声を挙げる方法や傍聴のことについても伺った。そこで、「まずは選挙」と思っても議員各自の人柄や考え方など、公報では(地方議員の場合名前と顔写真のみという場合もあり、特に新人についてはよけい)見えてこないことがとりあげられた。県議会議員の平野さんからも内実を伺うことが出来、実際はまだまだ議会と住民の間に隔たりがあることも実感した。だからこそ、関心をもって意思表示をしていくことの重要さを再確認した。
市民として、「政治は決して遠いものではなく、私たちの暮らしを決めるものである」ことを心にとめ、必ず投票すること、白紙委任はしないこと、諦めないこと、行政・議員に対して「仕事をせよ」とチェックすることを地道に続けていきましょう。  (小脇記)


❤私のお気に入り❤

歳を重ねると、独り住まいの私には、子どもたちの家庭には迷惑をかけたくないと思い、健康維持と体力維持がいちばんの努力目標となっている。そのために、六年前からスポーツジムに通ったり、なるべく早足で歩いたり、エレベーターやエスカレーターを利用せずに階段利用などを心掛けている。その中の一番が朝のラジオ体操!ここで登場するのが、私のお気に入りのトランジスターラジオである。
六時頃起床し、ラジオの元気な体操のお兄さんの声ときれいなピアノの音に誘われて目覚め、固い身体も徐々にほぐれて柔らかくなり、一日の幕が開く。第一体操と第二体操の間に首の運動があり、その時流れるピアノ曲は、季節感を取り入れ、秋である今は“里の秋”“もみじ”等で、「今日は何の曲かな」と思うだけでも心はずむ。
以前に比べて、テレビを見る時間が激減し、目も疲れないし節電にもなり、一挙両得、ラジオに感謝!!室内、室外へと簡単に持ち歩けるし、読書や手紙を書く時も、ボリュームを下げて音楽を流すと実に快く、仕事がはかどる。ラジオは聴覚のみ使うので、語られる言葉もテレビよりずっと鮮明に心に響き、脳裏に焼き付く。
最後にもう一つ。年々災害も甚大なものになっているが、その時の大切な情報源は、停電を想定すれば、ラジオが一番だ!電池さえ準備しておけば・・・
私は、これからずっとラジオを愛し、お世話になるだろう。



ネイバーズ例会
〜外国文化を学ぼう!Ⅱ 台湾〜

 講師に台湾からの、熊大社会文化科学研究学の留学生、劉 暁慈(りゅう ぎょうじ)さんをお迎えして私たちの知らない台湾についてディープなお話をして頂きました。
 劉さんは、ご主人と一緒に「村上 春樹」の研究をなさっています。台中にある本校には、村上春樹研究センターまで設立されるほど、台湾では人気の作家とのこと。研究内容についても少し触れられ、春樹ワールドを勉強出来ました。大変興味深い内容でした。
 台湾は、九州と程同じ広さで、面積の7割以上が山地。17県に2300万人が在住し、民族は外省人・客家人など4つに分けられ、それぞれの言語を現代も使っているとか。16cのオランダ統治時代から日本統治に至るまでの歴史を、分かり易くパワーポイントを用い説明して下さいました。また、食文化の違いでは8割以上が外食なのは、家で作るより安いから。子どもたちのお弁当も殆ど作らないそうです。その上、家事はきちんと分担しているので女性も仕事が出来るという話しに、参加なさっていた台湾の黄さんも頷いていました。親日家で知られる台湾ですが、英語より日本語を喋れることがステータスだとか、日本のラーメン店は連日行列状態、看板や食堂のメニューに意味不明だけれども日本語を使うと客が増える、日本のテレビ局がある..etc驚くことが多かったです。最後に、これからの熊本と台湾と私、ということで台湾の大学で日本文学を教えながら、日本との色々な意味での架け橋になりたいとおっしゃっていました。14人の参加者からは、次々と質問や感想があり、初秋の心地よく吹く風のなか、とても充実した2時間を過ごすことが出来ました。
講師の劉さんに感謝です。(竹屋 記)
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