熊本YWCA新聞2016年10月号

 2016-10-11
  ~運営委員会からの大切なお知らせです~
熊本YWCA寄せられた被災地支援の寄付金について       
熊本地震からまもなく半年を迎えようとしています。皆様どのようにお過ごしでしょうか。
回りをみても、復旧が進んでいるところ、手つかずのままのところと状況は様々かと思います。
そのような中、日本YWCAを通じまして、この度、国内外から寄せられたたくさんの熊本地震被災支援の寄付金が届けられました。各地域Yだけでなく、海外のYWCAからもお見舞いメッセ―ジと共に届いています。また、これとは別に、個人や団体からも熊本Yにご寄付いただいています。
改めて、感謝申し上げたいと思います。
つきましては、この義援金を有効かつ必要な支援に活用したいと、運営委員会で検討を重ねてきましたので、ご報告させていただきます。日本Yからの送金額は約500万円です。これを今年から2018年までの3年間の次のような活動に、充当させていただくことになりました。
(1)子どもたちの心のケアのためのデイプログラムと春のわくわくキャンプ 
(福島と熊本の子どもたち対象)
(2)安心して活動できる拠点としての建物の補強        
(3)被災した留学生や会員の支援              
(4)長期的な活動の担い手の育成や研修           
(被災から見えた課題に取り組む活動、若い人材養成のため)   
(5)熊本で被災した関係団体への支援            
*(5)については、熊本Yに関わっていただいている団体の中から被災状況に応じて、支援先、支援額を運営委員会で検討します。
そこで、(3)の支援金について、皆様からのお申し出を受けたいと思っています。ご自身が被災された方はもちろん、公的な支援金など受けられない方、ホストファミリーになっている留学生で地震後困っている学生など、是非お申し出ください。支援金はお見舞い金程度にはなるかと思いますが、遠慮なく下記の江﨑会長までご連絡ください。他にもお困りのことがあれば、お知らせください。 
 (支援金口座会計担当;井芹)
 <連絡先> 江﨑啓子 携帯:090-9607-5090  Tel/Fax:096—384-1300
            E-mail:oekeikoezaki@gmail.com



ミッションスクールと若者の「生きる力」
~姜尚中氏の講演より~

   ルーテル学院中高・社会科教諭
    YWCA/YMCA顧問  栗原 希代子
九州ルーテル学院90周年の記念講演を、県立劇場館長の姜先生がお引き受けくださった。若者の保守化が感じられる今日、ミッションスクールで成長する生徒・学生たちに、悩みながらも何か拠り所となるものを、学びの中で獲得して生きていってほしいと、漱石の名作『三四郎』を例に挙げて語られた。
その拠り所とは、「信仰と希望と愛」である知識の多寡や外国語を自由に操れるとか、自己犠牲がありさえすれば人として尊いわけではない。そこに愛がなければならない。
さて、率直に言えばきしみや不協和音もあったであろうが、地域の私立学校として共学化に踏み切ったこの学院は、みごとに再生している。しかし、今は10年先が読めない不確実な時代であり、第一次大戦と第二次大戦の戦間期にも似ている不安な時代である。なんでもありあまるほどあるけれども、ないのはただ一つ「希望」。中流層が細っていく日本社会は、未来に対する希望の多寡が社会的出自によって変わる「中世」に逆戻りしているかのような実情も見える。そのような中で、キリスト教教育のミッションと学校経営のガバナンスとがうまく噛み合うことで、地域に根差した「感恩奉仕」の実践をする現場人が輩出されていくことを期待している。キーワードは「地域」である。
大地震や災害は、社会の弱いところを露呈させるものである。熊本のこれからは安穏としてはいられない。ルーテルの生徒・学生には、「信仰と希望と愛」という拠り所を基に、地域に根差し、協働して生きて欲しいと願う。





10月留学生リサイクルバザーの報告

バザー担当 貝塚好子
 週ごとに台風が日本に接近、上陸して緊張の連続で、地震についで災害を懸念する熊本においては、気が休まることがありません。
台風一過でも秋の訪れを感じ取れない蒸し暑い日々の連続で、皆様方には我慢も限界といったところではないでしょうか。
 さて、1日(土)午後2時からの留学生リサイクルバザーは、例年、夏休みを経て3カ月ぶりの開催ですが今年はグッと少ない来場者に、お手伝いに来てくださった会員の方は少し残念な思いでおられたことでしょう。
震災後熊本YWCAはもちろん、各地域で支援物資を配布していたので、当面の品物が間に合っているのかもしれません。
 しかし、2年前に神奈川県へ移動された常葉さんが、震災お見舞い訪問でY事務所にも来られて、バザー後に歓談でき幸いな時を過ごしました。
 厳しい暑さの中14名の会員の手助けを頂けて感謝申し上げます。




熊本地震から半年過ぎて

          柳田恵里子
熊本地震から半年近くが経ちます。我が家は建物自体に被害はありませんでしたが、ちょうど両親の遺品処分と重なったこともあり、家の中はまだ片付いていません。近所では古い家が解体され更地ができ、今まで見えなかった金峰山が見えるようになりました。また、地震で出水中学校裏の狭い道は凹み、そこが今度は分厚くアスファルトで応急措置されました。でも、やはり凸凹です。
8月猛暑の中、私の所属している歌会のメンバーと益城と西原村を巡り、後日益城在住の仲間にこれまでの経過を聞きました。罹災証明を取得するのに早朝から出かけたという苦労や老いた両親を娘一人で看る大変さを彼女は堰を切ったように語りました。ただ彼女は地縁に恵まれているのが幸いだと言っています。地震によって経済格差が広がって行くことだけは何としても避けなければなりません。地震後によく聞く言葉が「自助努力」ですが、こんなことでいいのでしょうか。高齢者世帯の被災実態に想いを馳せます。車もなく、他区に引っ越しを余儀なくされた方々もいます。報道もお城の修復に偏りがちですが、熊本市の地震被害は熊本城だけではないのだと強く訴えたいです。
私も思いがけず多くの方、遠くの方からお見舞いの言葉をかけて頂き、支援物資も頂戴しました。気にかかったのは、同じ時に地震が起きたエクアドルの復興、復旧はどうだろうかということです。新聞でもあまり見かけませんね。最後に、「八(や)雁(かり)」9月号から阿木津英さんの益城を詠んだ短歌を転載します。
・うづたかき瓦礫のうへにぬひぐるみ
汚れて手向けの花束ふたつ
・外からではわからぬと言ふ瘢痕の
うづきてあらむ声なきところ
           阿木津英  



熊本地震と原発
     熊本・原発止めたい女たちの会  永尾 佳代
熊本に活断層があるという事は知っていたが、まさか自分が生きているうちに大地震に見舞われるとは! 4月16日深夜の大地震には、この世の終わりかと思わされた。夜が明けるや否や、福岡にいる子供たちが福岡への避難を呼びかけた。水道水100%を地下水に依存する熊本において地下水が濁っているのはまずい。ライフラインが中止して赤ん坊連れでの避難所に行くの?と。東日本大震災で東北からの避難者の証言を聞いていたので私の決断は早かった。早朝、私たちは1歳と4歳の孫と共に熊本を脱出する事を決めた。  
しかし、国道3号線は通行止めで、Uターンした街中は一夜にして被災地になっていた。行き場を失った若者が公園をたむろし、ガソリンスタンドもコンビニもすべて閉まっていた。スーパーの駐車場は車で満杯だったが、それは車中泊している避難者の車だった。便利な都会生活がこれほど脆いとは驚きであった。
河内経由野で行くことも迷いに迷った。そこは左は海、右は崖の一本道。津波や余震も怖い。1車線でガス欠車でも出ればそこでアウトだ。無事、植木インターに乗った時は正直ほっとした。しかしながら、避難中でも頭を離れなかったのは川内原発の事だった。もし原発で事故でもあれば、私たちは完全に被爆していただろう。
熊本脱出から10日後の4月26日、チエルノブイリ原発事故から30年目日の日、私は4歳の孫娘を連れて九電本社に向かった。受付で熊本からの避難者だとつげ担当者に話した。「まだ余震が続いている。川内原発を即止めてほしい。地震避難は仕方ないが、原発事故避難者を出してはならない!」と。

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