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熊本YWCA新聞7月号

 2015-07-17
ネパール大地震を振り返り    ――遠い故郷への想い
                                      石田喜美子
室内干しの洗濯物の中で鬱々と雨を見続ける日々の中、扇風機さえ買えない、ネパール人留学生のことを考えました。毎日の勉強に生活のための夜遅くまでのアルバイト、その中での国で避難生活を続ける家族への想い、彼らの胸の内はいかばかりでしょうか。
あじさいバザー2015今年の紫陽花バザーはいつもと一味違ったものでした。応援に駆け付けてくれた九州測量専門学校のネパールの学生たちと熊本学園大学の日本人学生たちそしてその他の国の留学生たちとの交流はあたかも紫陽花の花弁の一つ一つを思わせるものでした。これからのYWCAの在り方の一つのヒントになりました。

ここにネパールの留学生のおもいをつづったものがあります。

  「地震を振り返って。」           バンダリ・クリシュナ・プラサド            
 ネパールの大地震が起きて2か月がたちました。一万人近い人がなくなりました。色々な国から沢山の助けをもらいました。日本からも$8.4millionの援助がありました。おかげで今、生活はだんだん通常に近くなってきましたが多くの歴史的遺産が壊れてしまいました。沢山の人がホームレスになりました。沢山の家族がなくなりました。でもこの悲しい時、世界中の人が見せてくれた暖かい心、人類愛がとてもうれしかったです。ここ熊本でも地震の被害者の為に色々な人や団体の募金活動で沢山のお金が集まりました。集まったお金はネパールの家族(地震の被害者)に送られました。非常に助かっています。助けていただいた皆さんのおかげで生きる勇気が湧いてきました。これからもよろしくお願いします。

   「ネパールの大地震」            シュレスタ・タムラカル・ミナ
2015年4月25日土曜日、マグニチュード7.8の地震が深さ15キロのところで発生しました。これは82年前の地震より大きいという事でした。ネパールだけでなくインドや中国でも人が死にました。色々な国から、地震にあった人たちの為にたくさんのお金や食べ物、飲み物が送られ手伝ってくれています。なかでも日本はよく手伝ってくれています。今、人々は公園にテントをつくってそこで暮らしています。ネパールだけでなく他の国も困っています。地震があったところは水や食べ物もないしねるところもなくて大変です。ネパールは今とても大変です。
☆ インターナショナルネイバースでは7月14日(火)10時~ YWCA2階で下記開催します。
 「ネパールの話を聞く」(日本語)講師:デプコタ・ハリ氏:熊本大学薬学部大学院特任助教



         平和の集いのお知らせ
8月1日(土)12:30~ @室園教会  室園教会女性会と合同
   「戦後70年、沖縄と戦争法案を考える」
昼食(そうめん)¥300 予約:090-1085-9727(俵)





聖書の学び6月  (西川晶子牧師指導)

     マルコによる福音書3章7~35

律法は人の生きる道を教える方法として(十戒)神様が与えられたものでしたが、ファリサイ人はその律法に
よって人々の行動を縛っていました。イエス様はそれに対して挑戦されたのです。人々の行動を縛るものからの
解放がイエス様の行動の原点でした。病をいやし、奇跡によって人々を苦しめることから解放されたのです。
そのためファリサイ人はイエス様の命をねらうようになっていきました。それからイエス様は湖に多くの弟子達
と立ち去られたと聖書に記されます。
そこに集まったおびただしい群衆はユダヤ、エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルス、シドンの辺
りからもと書かれているので、本当にイスラエル中にイエス様の評判が伝わっていたことが分かります。
 2千年もの前は電話も車も無い時代なのにどのようにしてイエス様の行動が伝わったのか不思議に思います。
皆様も是非地図を開いてその範囲に驚いてください。 
                 (まとめ 江﨑)


  映画情報
「小さき声のカノン」 監督:鎌仲ひとみ

小さき声のカノン 小さき声のカノン(裏)
  福島――チェルノブイリ
 国境を越えて「被爆」から子どもを守る母たちのドキュメンタリー
「幼い頃にベラルーシから北海道に保養に訪れた少女たちが、大人になって語り合う場面や、福島で暮らす不安や、
 想いを語り合う女性たち」
 この映像の中から私たちが“命”をどう守るか、希望はどこにあるのかなど、ベラルーシと日本のお母さんたちの
 取り組みからそのヒントを得て下さい。
 7月25日~1週間 電気館にて上映
 *観て下さる方が多ければのびる可能性あり


『Fukushima Traces 2011-2013』 赤城修司 著 / OSIRIS

現在福島市在住の高等学校美術教員である著者が、2011年3月11日〈以後〉の福島の状況を撮り続けられた写真集です。『いかに世のメディアが、復興に沸く輝く街の姿でうめつくされていても、僕は足元の僅かな傷跡を記録しておきたいと思っている。』と著者が書かれているように、福島の〈日常のなかの非日常〉をしっかり伝えてあります。至る所ブルーシートで覆われていて、除染作業で除けられた土が行き場もなく積まれている様子を見るにつけ、この写真集が発刊された後のその場所はどうなっているのだろうと気になって仕方ありません。2013年3月3日の写真に添えられた『隠されているのは事件現場だけじゃない。加害者の動揺も、被害者の動揺も、一人一人が隠そうとしている。自分の心を、出来るだけ気づかれまいとしている。気づくまいとしている。』という言葉が強く心に残っています。現実を知る事、遠くにいて実際に目の当たりにできないならば、このような写真集で知ることが大事だと思います。
この写真集に収められている写真には、言葉が添えてあるものが多く、英訳も併記されていて、看板や旗に書かれている日本語も英訳されていますので、外国の方々にもご紹介しやすいと思います。
『がんばろう!福島』”Hang In There! Fukushima”
松元玲子 記



私のお気に入り~ベトナムの旧正月~
前田陽子
 昨年2月、旧正月前後の4週間、女子留学生ディンさんを頼ってベトナム北部を中心に旅をした。首都ハノイは人もバイクも多く、急発展を遂げるエネルギッシュな街である。中心部のホアンキエム湖は新年を祝う看板やアーケード、花が飾られ、西欧人の観光客が闊歩している。
ディンさんの故郷は乗合ワゴン車を乗り継いで半日、ハノイの北東部に位置するクエイル・ティアンという農村集落にある。両親と弟の4人家族。お父さんは村の役所勤め。コンクリート造りのモダンな建物で敷地内には納屋、鶏小屋、色々な野菜を植えた畑、川魚が泳ぐ大きな池。周りは広々とした豊かな水田が広がる。食生活は自給自足に近い。正月3日間は両親の実家や親戚の家を訪ね、ごちそうの食べ放題。自家製の豚肉や鶏肉の加工品がとても美味しかった。一族の祠があり、親族のつながりがとても強い。又、子どもや若者が多い。長寿のお年寄りも。私の子どもの頃の集落に似ていて懐かしかった。日本人の私が珍しいのか、皆さんに歓迎された。
そして、何よりの思い出はお母さんが朝昼晩、薪で焚いてくれたご飯、少し固めだが、噛めば噛むほど旨みがある。家族で囲む食卓は最高だった。ハロン湾にも日帰りで出かけた。ホームステイ10日間、同じアジア人で稲作文化、家族関係など共通点が多いことを学んだ。豊かな自然と人々の温かさも。   ベトナムありがとう!



                     
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