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熊本YWCA新聞9月号

 2015-09-03

2015年特別企画 老いの暮らし、老いを安心して迎え素敵な暮らしを!
「終活」の学び “医” “食” “住”を知ろう
    第1回 “医”を知ろう~超高齢社会に生きる備え「医療と介護」~
                               
                   貝塚 好子
在宅・よろず相談クリニック院長 俵 哲氏を第1回講座の講師にお迎えして、2015年7月4日(土)14~16時、県民交流会館パレアにて開催しました。35名様のご参加を頂き好評のうちに終えました。講座での質問やアンケートなどから「終活」についての関心の高さを伺い知ることができて、企画した一員として安堵しました。
老いを不安に感じるのではなく、老いを楽しみながら生きたい。自分らしく、しかも美しく、なおかつカッコ良く!会員の一言から3回シリーズ講座の企画となりました。
俵講師が開口一番、講師依頼時に「会員の一言は譲れない」と言われて難しい… 欲張りな… 女性たちだと思った、と言われ参加者の気持ちを和まされての始まりでした。
1、医療と介護の現状 2、課題;死生観・終末期医療、看取り文化の醸成 3、対処:①5つの願い ②事前指示(指定)書 ③個人健康情報記録の自己管理と共有④施設選択のポイント 4、将来:ケアの心豊かな社会の育成。
☆参加された方の感想を紹介させていただきます。
・ 85歳の夫と終活についてを話し合っている。掛かりつけ医に思いを伝え話しを聞いてもらいたい。・ 今日話を聞き主人とこれから先のことを話し合いたい。3人の子どもは県外暮らし、終末まで二人で暮らせるか心配。
・ 去年から友人2人が癌で亡くなり、死が遠いものでないと感じて講座に参加した。命に係わる大病をしたが忘れかけている。人間ドックに行こうと思い直した。
・ 今日の資料を勉強して改めて家族と話し合いが必要だと思う。事前指示書と個人健康情報記録の自己管理の資料を携帯します。
・ してもらいたい医療、してもらいたくない医療を元気な時から考えて終末期医療に備えるべき。ホームドクター選びも各分野ごとでなく身体状態を全体的に診てもらい、相談にのって頂ける先生が良いと思った。ドクターだけに任せるのではなく個人健康情報記録の自己管理が重要だと思った。・ 「死生観の育成、安らかな看取り」死について若い時から考えることが大切だと両家の親を送った今、改めて思った。
・ 健康、生きる事は最終的に自己責任にあると改めて学んだ。・「生きがいは、自分を徹底的に大事にすること」その上でボランティアをすると言うこと、とても心に響いて残った。・ 少し早足で、もう少しゆっくり聞きたかった。・ 大変興味があり、役に立った。・ 理解し易い内容で学習できた。
2015終活第1回

     

『「終活」の学び “医” “食” “住”を知ろう』 第2回のご案内
9月5日(土)午後2時~4時。県民交流館パレア10階 第7会議室。資料代500円
“食”を知ろう「シルバーエイジの栄養管理」~健康を維持するために~
講師: 椿 裕子氏 (公社)熊本県栄養士会副会長



7月の聖書の学びより 
「種を蒔く人のたとえ」西川晶子牧師指導
マルコによる福音書4:1-20
前半の9節までは、マルコでは珍しいイエスのたとえ話で、後半はそのたとえ話のイエスご自身による説明となっている。たとえの内容は種を蒔かれた4パターンの土地(道端、石地、いばらの地、良い地)と実りに至らない3つの困難についてであり比較的わかりやすい。種を蒔く人とは教えを説く人、すなわち「神の言葉を蒔く」人、をさす。道端に落ちた種は鳥が来てすぐ食べてしまう、とあるのは、み言葉を聞いても、サタン(神から引き離そうとする外からの力、誘惑)に負けて言葉が根付かない人を指す。石地に落ちた種は土が浅いのですぐ芽を出すが日に焼けてすぐ枯れる、とあるのは、言葉を受け入れても根がないので、艱難や迫害などの試練に弱く躓いてしまう人を指す。茨の中に落ちた種は成長し始めても、思い煩いや富やそのほかいろいろな誘惑が、み言葉を覆いふさいで実を結ばない人を指す。良い地に落ちた種は芽生え育って30、60、100倍もの実を結ぶ、とあるのは、み言葉を聞いて受け入れ成長する人を示す。
このたとえを聞くと、自分はどのパターンだろうか、と不安になったり、いずれの試練も自分のこれまでの人生の場面場面で体験してきたのではないか、と思ったりする。あるいは日本という地は、遠藤周作が言ったように福音が土着しにくい不毛の地なのだろうか、超高齢社会と言いながら、死をタブー視し深く考えることを避ける文化と問題の根は同じだろうか、と考えたりする。
けれども神は相手がどうあろうと種を蒔き続けておられる。ささやかな菜園をしていていつも種の不思議さに感動する。蒔かれなければ種は種のまま。ひとたび蒔かれると命が芽吹いて成長するのだ。注意深く神の声を聴き、成長させてくださる命の創造主に信頼するものでありたい。
「私が来たのは羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」(ヨハネ10:10)                (俵恭子)


「ネパールの話を聞く」 (7/14ネイバース報告) 
         合志市 松本武士
 春のわくわくキャンプ支援を切掛けにYWCAと繋がり、本講演会も新たな人と出会える良い機会と考え参加を決めました。
さて、講師のデプコタ・ハリ氏は、まじめで気さくで穏やかな人、これはネパール人のすぐれた気質であると主催者から紹介を受け、人々への興味も高まりました。
ネパールは、日本と比較して、面積1/3、人口1/4、言語サンスクリット語、地形は標高170mの熱帯雨林からヒマラヤ山頂まで続く急峻な山岳地帯に位置し、豊かな自然と素晴らしい景観にあふれている。しかし、このことは、道路や橋などのインフラ整備が非常に困難で産業が育たない。主要産業は農業だが自給のみで、唯一観光だけが国を支える産業であること。労働人口は多いが、雇用は少なく、周辺諸国への出稼ぎで社会が支えられているなど課題も多い。
また、子どもは家計を支える労働力で、学校へは通えず、現在でも識字率は男性75%、女性57%と未だ低く、その後の就労や自立の妨げとなっている。
そんな中、困難を乗り越え、多くの留学生が日本で学んでいること等、ハリ先生には、経済・教育・生活について詳しく解説していただきました。
古くから仏教やヒンズー教文化が花開いた地、厳しい自然の中で豊かな精神文化の息づくネパール、大地震の被害の話を聞くにつれ、現地の実情を知りたいと改めて思いました。
20150714ネイバーズ会



8月26日大掃除の報告 
  
                前田陽子
生憎の雨で例年の布団干しは出来ませんでしたが、十数名の方々のお手伝いですっきり綺麗になりました。2階の衣類は夏物と秋冬物の交換をして、10袋分くらい処分しました。夏休み中も多種のバザー品を沢山提供して頂き感謝です。資金面や留学生支援で大切なバザーです。10月から再開しますので、よろしくお願いいたします。皆様お疲れ様でした。


戦後70年の今、子どもたちに伝えるべきこと

               高野和佳子
さる8月2日(日)、室園教会において「平和の学習会」を開催しました。室園教会女性会との共催で、毎年開催しているものです。
今年は「戦後70年」という節目の年です。戦争を知らない世代が、全人口の7割に達しているそうです。戦争の恐ろしさ、理不尽さを自らの体験を持って伝える人々も減りつつある中で、スマホ片手に大勢の人と繋がる若者達に、未来を担う子どもたちに、いかに戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えるべきか考えてみました。
まず、絵本を通して、子どもたちに伝える戦争についてお話をさせていただきました。
絵本を読み聞かせることは、子どもたちに多くの出会いと気づきを与えてくれます。戦争を知らない子ども達が未来の平和の担い手となるために、戦争を語り継ぐ絵本、平和の絵本に出会うことは大きな意味を持ちます。日本国憲法第2章第9条「戦争の放棄」を子どもたちにわかりやすい文言に書き換え、いわさきちひろさんの絵を添えた「子どもにつたえる日本国憲法」(井上ひさし文)は、いずれ大人になる子どもたちに憲法を直視する最高の機会を与えてくれるでしょう。今、中国、韓国、日本の絵本作家たちが共同で平和の絵本を出しています。(紹介本「ぼくのこえがきこえますか?」田島征三作)。多くの絵本作家たちは平和の絵本を多く描き始めています。数年前、熊本Y主催で行ったアメリカでの“原爆遺稿の旅〟では、「あの夏の日」(葉祥明・作 英語対訳)を持参しました。それを小学校、大学の先生、平和活動家の方々に手渡し、アメリカの子どもたちに読み聞かせると約束してくださいました。絵本は子ども達だけでなく大人の心も変える力があるのです。安保関連法案に反対する大規模なデモが起きるなか、平和の絵本を読み聞かせることは、ひとつの大切なアクションだと思います。
後半は、憲法学者・徳永達哉氏(熊大)をお迎えし、なぜ、多くの憲法学者が集団的自衛権行使容認は「違憲だ!」というのか。憲法解釈について、資料をもとに色々わかりやすくお話しいただきました。会場から多くの質問が出て時間が足りないのが残念でした。このような集会に若い子育て世代の方々に参加していただけたらと強く思いました。


「小さき声のカノン~選択する人々」上映後のトークセッションに参加して

      (熊本学園大学1年 白石浩二朗)
今回私が参加させていただいたトークセッションでは、「福島の子どもたちを熊本へ」のタイトルを掲げ、熊本でタイトルに沿った活動(保養)を行っている熊本YWCA・ゼロ円キャンプスクール熊本・お寺ステイ熊本実行委員会・福島の子どもたちと一緒に過ごす夏休みin菊池恵楓園実行委員会の4団体の代表者が、それぞれの活動内容や運営面・資金面などを発表され、なかなか聞くことの出来ないお話を聞くことができました。なかでも、熊本YWCA代表で参加された石坂さんの話はとても 興味がわきました。石坂さんは今年の春に福島・熊本の子どもたちとともに4泊5日のキャンプを西合志で行い、そのときボランティアリーダーとして参加されたそうですが、一見普通に元気に遊びまわっている福島の子どもたちでも、どこか不安を抱いている様子が時折うかがえたそうです。震災後4年が過ぎ、新たな問題を乗り越えなければならない時が来ているように感じ、私も少しでも力になれればと思いました。
2015保養ネットトークセッション




特集「ひろしまを考える旅」


 日本YWCA主催のひろしまを考える旅が8月11日~13日、雨がちらつく広島市で行われました。中国YWCAと韓国YWCAからのゲストも含め総勢61人の参加者が共に学び平和について考えました。熊本からは11名(大学生3人・留学生5人・会員3人)が参加しました。若いボランティアリーダー達のもとグループに分かれて広島の町を歩き、お話を聞き、それぞれの思いを感じ、心を震わせる3日間でした。最後に大きな折り鶴を一緒に作り、個々の違いを超えて共に平和を創り出す気持ちを分かち合いました。
(安川美歩)

熊本からの参加者から「ひろしまを考える旅」の感想を頂きました。日本語の間違いは極力直さないままにしました。  (編集部)


* 高昱 コウ ヨ (熊本大学留学生・中国)

広島にやってきてあっという間に三日間になりました、皆さんと三日間のような集まりをして楽しかった。そして、YWCAの皆さんの親切、優しいご指導と協力を心から感謝しております。
戦争を経験していない人は戦争の殘酷程度を想像できない、戦後生まれの世代として、戦争は教科書からの知識と映画からのクローズアップシーンに過ぎない。しかし、戦争を自分で体験した人にとってそれは忘れがたいけど回億したくない思い出である。家族を失った痛みと傷ついた身体で生活をしたことがある人にとっては。戦争は 最終的な勝者が無い、交戦双方は必ず惨い代価を払うことになる。戦争を経験していない人こそが、戦争を声高に叫ぶ。戦争の真相に気がつく人として、このような血なまぐさい戦争が起こらないことを希望する。全世界の人がもう二度と戦争の苦しみを受けないように。
今度の考える旅は私にとってすごく珍しい経験だと思っております、いろいろな貴重な知識を勉強しました、これから、この知識を活用して中国と日本の交流がスムースに出来るように頑張りたいです。

* 潘 鈺筑 ハンギョクチク (熊本大学留学生・台湾)

 広島に来る前に「原爆 広島 長崎」で画像検索をかけてみたら、筆舌に尽くし難い悲惨で残酷な画像が嫌というほど出てきました。私は中学2年生の時、やめてくれていたらよかったのに、当時の先生方が今の言葉でいう「平和教育」とやらにえらく熱心で、2年生以上の学生を講堂に集めて、広島長崎の原爆投下直後の惨状の模様を当時のサイレントカラーフィルムに収めた(おそらく米軍撮影によるものだろう)ものを見せてくれたのでした。そして、2015年8月11日に私は初めて日本の中の戦争遺跡として最も有名で、最も悲惨な戦争の象徴と言えば、広島の原爆ドームを置いて他ないと言われているほど、今日では有名な戦争遺跡を見学しました。広島では、幸いなことに原爆投下直後から被害の痕跡を示す資料の紹介が行われ、資料館と言う形で、多くの遺品に対して細かい説明してくれました。現在でも反核の象徴として、この原爆ドームは保存されているが、この世に生を受けた頃は、このドームが取り壊されてしまう危機に直面していたことは、今の若い人たちはあまりご存知ないかもしれません。衝撃が強いからと言って、目を逸らせば、それは戦争の悲惨さという実態から眼を逸らす事でもあります。YWCAのおかけで、広島を考える旅から皆に伝える教育の放棄ではないかと考えています。そう言った意味で、原爆ドームの果たす役割は、今後ますます重要となって行くことでしょう。


* 石坂奈津海  (熊本学園大学 4年)

広島をかんがえる旅に参加してまず思ったことは、私たちは戦争を知らない世代だということでした。昔戦争が起きて日本は原爆を落とされたということを教科書や修学旅行などを通して知っていても、その戦争の意味や、日本がしてきた事をしっかりと理解できていなかったことを痛感させられました。私はこの旅で在日韓国人の方の話を聞きました。まず、なぜ在日韓国人の方が原爆の被災者になったのかということを初めて知りました。そこで日本が在日韓国人の方に対してしてきた差別、それは今でもまだ続いているということを知りました。そこからわたしは何も知らなかった自分が恥ずかしく、戦争や原爆について知って考えていく必要があると思いました。

* 竹盛朝美   (熊本学園大学4年)
 私は今回、「ひろしまを考える旅」に参加して、貴重な話を聞いたり資料館を見学したり様々な体験ができて、とても良かったと感じました。
 最も印象に残ったのは、被爆証言の南珠(パク・ナムス)さんのお話でした。パクさんのお話は在日韓国人として、実際に被爆された経験がある為、聞いていてその情景がリアルにイメージすることができました。話の最後に、「これまでの痛みと苦しみがあって今の平和がある」とおっしゃり、今の平和は当たり前ではないと感じました。また、ワークショップの中でも、グループメンバーの1人が「悲しみの上を歩いている」ということを言われ、とても共感しました。
 その他に も、それぞれのメンバーの方々が、「私たちはまだ戦争を経験していない『未』被爆者である」とか「これから被爆者体験談を話せる方がすくなくなる中で、戦争を知らない、またそのような話に関心を持たない人たちにどう伝えていくか、それを聞いたからこそ責任を感じる」など、とても中身の濃い意見交換が行われました。
 このような経験の中で、また更に、様々なことに挑戦し、人との出会いを大切にし、自分なりの考えを深めていきたいと思いました。

* 西川晶子  (ル-テル室園教会牧師)
今回の「ひろしまを考える旅」は、私にとって「被害」以上に「加害」について考える旅になりました。フィールドワークの「韓国・朝鮮人被爆者の歩み」、これまで漠然としか知らなかった在外被爆者の方におこった出来事を、被爆証言や支援の歩みを通して学ぶことができたのは本当に感謝です。日本の朝鮮侵略さえなければ、起こらなかったであろう苦しみ。現在では、在韓被爆者の方も、日本にいる被爆者とほぼ同じ支援を受けられるようになっているとのことに安心しましたが、しかしそこに至るまでの70年という年数の重み、また、被爆者の方と支援されてきた方々のご苦労と忍耐には頭が下がります。
また、中国からの参加者のメッセージを通して、日本が大陸で行ったこと、今もなお世代を超えて傷を抱えている方がおられること、これは今回の旅でなければ学ぶことができなかったこと。帰ってから、特に日本の中国侵略についての本を探して読んでいます。
それまでの生活を一瞬にして奪われ、今に至るまで重荷を背負わされて生きてきた方々が、日本だけでなく日本の外にも数多くおられる。もう二度とそのような人を(国内でも国外でも)生み出さない、というのが平和公園の「過ちは繰り返しませんから」という言葉の意味、そして憲法9条の意味なのだと思います。思いを新たにしました。スタッフの皆さんに、心から感謝いたします。

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