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熊本YWCA新聞2016年5月号

 2016-05-11
熊 本 大 地 震

江﨑啓子

本当に大想定外のことがここ熊本で起こりました。
熊本では地震は阿蘇の噴火以外無いとみんな思っていたように思います。
それが天地をひっくり返すような、震度7.3!立っていられない揺れでしたね。会員の皆様もそれぞれに被災されたことと思います。避難所暮らしを余儀なくされている方もあります。心よりお見舞い申し上げます。
地震の報道は瞬く間に日本中に伝わり、日本YWCAの支援要請を受け全国のYWCAから支援物資が福岡YWCAに集結しました。それを福岡YWCAは3回にわたって熊本へ運び込んでくださっています。
一回目、二回目は学園大学の吉村さんよりの要請を受け日本YWCAの職員も一緒に学園大学へ運んでくださいました。 
三回目は男性4名を含めて7名が支援物資の残りを全部、乗用車とトラックで熊本YWCAリサイクルセンターに運び込んでくださいました。京都YWCAのユース会員も支援に駆けつけてくださいました。
定例のリサイクルバザーを支援物資の無償提供に代えて開催するために、その準備に大きな力を注いでくださいました。重すぎたYセンターを身軽に! 食器棚を取りのけ、スチール本箱を処分しました。そして、バザーではおむつや衛星用品を始めとする支援物資の他に、食器・衣類も無償で提供されました。
ボランティアに来熊された方々のお名前を記します。皆さんありがとうございました。
一回目 木村公一さん、平野孝高さん、野崎千代総幹事、徳留直美さん
         (福岡YWCA関係)
二回目 小川宏嗣さん、岩城嗣郎さん(福岡YWCA関係)
臼井一美さん、幕谷安紀子さん(日本YWCA)     
三回目 伊藤絹江さん、杉本 隆さん、山下道利さん、岩城嗣郎さん、
野崎千代総幹事、古賀貴子さん、古賀大基さん(福岡YWCA関係)
    島村 藍さん(京都YWCAユース・三重県在住)


国際部より              
  石田美喜子
5月7日のバザーは恒例の留学生バザーに加えて今回の地震の被災者支援バザーの意味を持つ大きなものでした。しかも提出されたものは皆無料という訳で80人ほどの留学生、避難所から訪ねて見えた日本人で大賑わいでした。毎日の生活に必要なものばかりで赤ちゃんを連れた家族は山の様な荷物を抱えてうれしそうでした。留学生の多くは福岡や北九州、長崎、あるいは広島等に避難していてここでの再会にお互いの無事を喜びあっていました。熊本に帰ってきても住むところもない、あるいは帰ってきた部屋の中の無残な様子に愕然とするなどまだまだ、いえ、これからの大変さを前にそれでもあくまで明るく元気にふるまっている人々でした。
留学生の主な避難先(アンケート調査による)
  北九州・熊本大学体育館・福岡・広島・帯山中学校・長崎・ルーテル中・花園 他


☆応援に駆けつけてくださった島村藍さんから寄稿していただきました。
(京都YWCAユース・三重県在住)

熊本地震で被災した留学生を対象にしたバザーをお手伝いさせていただきました。バザー当日は、予想していた以上に多くの、そして多様な文化圏からの留学生が足を運んで、会場は大賑わいでした。
支援物資の多くは日本語表記のため、品物の説明を英語で求められることが多く、ムスリムの方々からは、「これはハラル食品ですか?」というご質問も多くありました。宗教や民族、地域によって食文化に違いがありますが、日頃から異文化に触れ合うことが、今回のような活動にとても役に立つと実感しました。



洗濯ボランティアを通して 
       
    井芹さゆり   
 今回の熊本地震では、多くの方が被災されいろいろな所へ避難されています。急遽開設された避難所も多く、特に災害弱者の立場にある障害者や高齢者の方々にいち早く対応された避難所の一つが熊本学園大学だったと思います。その運営に携わったボランティアの中に、熊本Yのわくキャンを担ってくれた吉村千恵さんや学生スタッフがいました。そこで、少しでも手伝えることはないかと江﨑会長を通して検討された結果、避難されている方や支援のボランティアの皆さんの洗濯物を引き受けることになりました。もちろん熊本Yにもご自身が被災された方があり、広範囲に断水が続いた時期でしたので、4~5人の限られたメンバーになりましたが、お役には立てたようです。ただ、洗濯機の容量や、雨天時など思うように仕上げられず、洗濯物をバラバラに届けるなどの行き違いもあったりしました。お預かりするほうは、洗濯物が混在しないように、できるだけ気持ちよく仕上がるようになどの気配りはしたつもりですが、ボランティアとはいえ、見ず知らずの他人に洗濯物を預ける皆さんのお気持ちもどんなものだったろうと拝察しました。そして、このいわゆる洗濯ボランティアを通して、支援する側も支援を受ける側もお互いを思いやる気持ちが真ん中にあることが、大切なのではないかと思いました。まだまだ厳しい状況にある方々のために、できることを一つずつ重ねていきましょう!


2015年福島&熊本キッズわくわくキャンプ 報告・・その②

                 ・・はるか昔のようになってしまいましたが・・。
今年もわくわくキャンプの1サポーターとして参加させていただきました。キャンプフアイヤーは県キャンプ協会・本渡岳友会の有志4名が楽しいひと時を演出して下さいましたので、私は休日を利用して日程前半を手伝いました。何より火おこしには役立てたようで、炊事班の皆さんの苦労を思いました。また、経験の少ない学生スタッフに交じりラリーも手伝いましたが、キャンプ協会での経験を生かして、子どもたちとも楽しめました。皆さん、本当にお疲れ様でした。来年もお手伝いできたらと思っています。 
井芹大見(市キャンプ協会)

 私は今回初めて「福島&熊本キッズ春のわくわくキャンプ」に参加させて頂きました。今回のキャンプを通して、一から何かを作り上げることの大変さと楽しさを感じました。私は主にファンドレイジングとして、オリジナルタオルを作成しました。デザインだけではなく、どこの業者にお願いしたら良いかという段階から考え、また販売する際も売れ残るのではないかという不安がありました。しかしどちらも、会員さんのお力添えと人の縁に助けられました。この様な一つ一つの力が集まって、皆が楽しめるものが出来上がるのだと知りました。今回参加させて頂いて多くのことを勉強できました。これを機に、他にもプログラムを作ってみたいと思いました。 
坂本真紀



世界Yデー ”絶望を希望へ”
 熊本大地震から10日経った24日、世界Yデーの集いが予定通り大江教会カフェで開催された。こんな時だからこそ、会員同士の情報共有と発信の場を持つことが大切だと考えたからだ。この日のゲストスピーカーは平野みどりさん。30歳で病気手術の後遺症で車いすの身に。女手一つで育ててくれた母を安心させるために絶望を乗り越え運転免許取得。2年後、湾岸戦争一色だったアメリカに渡り、米障がい者差別禁止法ができたばかりでバリアフリーの先端をいくバークレーで一年間研修を受けて帰国、 1991年熊本で障がい者自立生活をすすめる当事者組織ヒューマンネットワークを立ち上げる。人権侵害をなくす運動から地方政治、行政にかかわり始め、熊本県議となり2015年春まで17年4カ月、5期にわたって、常に女性、障がい者、生活者の視点で変革に尽力。2014年に日本がやっと批准した障碍者権利条約推進のため、現在DPI日本会議議長としてグローバルにも活躍中。今回の地震後学園大学にいち早く立ち上げられた障がい者と高齢者のための福祉避難所(吉村千恵さん、保養キャンプリーダー学生たち活躍)が、当初からスムーズに機能した背景には当事者主導の長きにわたる取り組みがあったことを特記したい。
 平野みどりさんの話の後、参加者から様々な被災状況が伝えられる。地震の恐怖 を体験した当事者の話はどれも重い。参院選の野党統一候補として出馬予定のあべ広美さんは、人の命、人権、を第一に弱者の生活を守り自然環境と平和を壊さない政治を目指す思いを熱く語った。県議2年目の岩田さん、地震後にもかかわらず、川内原発稼働中止を求める声をせせら笑う議員たちが大勢いることに驚き怒る。こんな議員をのさばらせないよう選挙ではしっかり主権者としての権利を行使しよう。希望を生み出す責任を痛感する世界Yデーとなった。  (俵恭子)





熊本学園大学被災者支援センターの状況

吉村千恵
市内各所の避難所は、「いつ閉じるか」を考え始めているようですが、学園大学は「避難してくる人がいる限り開放する」方針となりました。ですので、長期戦にはいると思います。私が担当している、「障害者高齢者ホール」は、じわっと人が増え始めています。他の避難所で大変だった方も移ってこられています。避難所で問題になっている、高齢者や障害者の健康問題やケアの問題の意味がよくわかる日々です。明日から、デイサービスやホームヘルパーの通常利用に戻る努力をしており、ホームヘルパーが避難所に通ってくるおもしろい現象がみられることになります。しかし、疲れがたまってきている一方緊張感がほぐれだした今日は、嘔吐・風邪・便秘の症状が目立ち始めました。ノロウィルスなど注意のため、消毒の徹底などのため消毒液やウェットティッシュの活用を看護師さんより指導されました。
同時にそろそろ、ケアスタッフが足りなくなってきて、私も昨日の夜間見守りは後半寝てしまいました。ボランティアにも疲れがみられ、ボランティアセンターの早い立ち上げを待っています。(中略)
避難所全体の人数(多い時で750人、現在400人ぐらい)をまかなうためには、圧倒的に食料が足りず、3食のおにぎりとお味噌汁が提供されるようになったのは今日からです。  (中略)
ベトナム人の留学生や社会人15名、中国人のグループ10名ぐらいが一緒に避難してきています。今のことろ日本語にも問題なく、一緒に避難所生活を続けています。
そんな中、今日夕方5時頃、福岡YWCAの野崎さん始め4名の方が支援物資を届けてくださいました。(中略)新鮮なトマトに感動。歯ブラシやトイレットペーパーなど、必需品などいただきありがとうございました。一同励まされました。避難者もですが、スタッフも疲れてくる3日目、元気をいただきました。素早いご対応、本当にありがとうございました。福岡からも、通常の何倍も時間をかけて長い道のりを運転してくださってありがとうございました。
以上が、現在の学園大学14号館避難所の状況です。写真数枚添付しておきます。
炊き出し中の写真にうつっている大学生は、春の保養のリーダーたちです。まさかキャンプスキルがここで役立つとは、と言っていました。さすが団結力で息のあった行動でした。
                                
日本YWCAより地域YWCA会長と総幹事に当てて出された「熊本地震被災者支援活動の呼びかけ ―第3報―吉村千恵さんからのメッセージ」より抜粋



地面が震える  ~それぞれの被災体験~

4月14日午後9時半頃、第一震が来た時二階の部屋で片づけをしていると突然ぐらっと揺れ、机から本が落ちました。階下の父の「大丈夫か」という声で、急いで降りて外に出ました。近所の人たちと口々に「今のは大きかったね」と言いながらしばらく様子をみて、20分後落ち着いたようだったので家に戻り、テレビで益城の被害状況を見て眠りにつきました。翌15日は、余震に備え水、お茶、パンなどを用意し、靴と避難用バックを部屋に置き、午後はYWCAのセンターで16日のリサイクルバザーができるようにと、集まった3人で割れたガラス食器を片づけました。その間も余震が起こっていましたが、これも徐々に治まるだろうと思っていました。第二震の時は大きな揺れで目を覚ますと棚の上の段ボール箱が目の前にあり、停電で真っ暗な中、散乱した本を踏みつけて表に出て、倒れた塀に「ここ注意」と声をかけながら近所の高校に避難しました。ズドンという音を伴って余震が来るたびにラジオに耳を傾け、夜明けをひたすらに待ちました。不安な夜でしたが、寮生や地域の大学生が段ボールや椅子、またコンビニで買ってきたチョコレートを避難者たちに配っていた姿に心が和みました。家に戻ると中はめちゃくちゃで、余震が来るため避難経路を確保できる程度に床に置きました。店や道端で出会う人々と話すと、被害の状況は様々であると実感します。一人暮らしだから家では安心できないと避難所で過ごす90代の女性、アパートが危険で住めなくなった女性、県外に避難している家族、大切なものを失った人たち。今回の地震は私たちに大きな影響を与えています。余震は続き、終わりが見えません。復興ムードが高まる中、私たちの目指す復興とは何でしょうか?私は誰もが安心して「熊本に住みたい」と言える社会となることが復興だと思います。お互いぼちぼちやっていきましょう。(安川美歩)
  
16日はイスに座っていて立った瞬間転倒、3m先の玄関へ這うことが精いっぱい。夫が出るのを待たず扉を開けたまま隣家の義母宅へ。お向かいの娘さんが義弟の部屋から入り義母を車いすに乗せ連れ出してくれた。息子さんは独居高齢者宅へ助けに入り背負って出てきた。町内会では、災害時に高齢者の安否確認を近所の人がする体制を取っているが、今回は若者の声掛けと素早い行動のお陰で私自身も落ち着き救われました。地球の営みである地震はあがなえるものではないが、停止中の原発でも危険なのに、川内原発は自動停止しなかったからと稼働させている根拠とは何か。地球の営みにも優る自信なのか。住民の生命を何らかの実験にしているのではないかと思え、今もっても最大の恐怖です。
(貝塚好子)

2度の大きな揺れの後、明るくなった時、熊本の姿は一変していました。上空にはヘリが飛び交い、道路は救急車や救援車両、避難車でいっぱいでした。自分が被災地の外ではなく、まさに被災地の中にいることを思い知らせれました。すぐに全国からたくさんの支援の手が差し伸べられたことは震災の教訓が生かされているのだと思ったのですが、想定外の下、受け手側の大混乱は否応なく伝わってきました。だからこそ、改めて支援の在り方を考えさせられました。必要な人的・物的支援を必要なところへ適格に届けられるように平常時から準備しておくこと、そしてYだからできる支援を、今この時に、熊本Yのみならず日本Yと連携して考える機会になるのではないかと思っています。
(井芹さゆり)

ソロモンからの国費留学生、エドウィン&マーガレット・ニコ夫妻は4月10日熊大留学生会館から家賃1万円のアパートに移り住んだばかりでした。マーガレットは4月24日が第一子出産予定日。16日予定のリサイクルバザーに、小さなテーブルやベビー椅子を求めにやってくるはずでした。ところが14日夜と16日未明に起きたM7の激震はアパートを壊し、彼らは近くの桜山中学に避難。早めに入院するようメールしましたが、病院は避難所ではないと断られた由。中学での避難生活を続ける中、22日陣痛が来て入院、37時間の苦しみのあと陣痛促進剤を使って、元気な男の子を出産。自然分娩でしたが難産でした。赤ちゃんの名前は、熊本で偶然知り合った親切な友人(おばちゃん)が名付け親になって「裕太」。現在留学生会館のシングルルーム(6畳)に親子3人起居しながらアパートを探しています。母子ともに健康。母乳のみで育てています。    (俵恭子)
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